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神戸地方裁判所姫路支部 昭和40年(ヨ)72号 判決 1968年2月08日

申請人

ヤンマーディーゼル株式会社

右訴訟代理人

中筋義一

中筋一朗

神田定治

被申請人

伊藤製粉製麺株式会社

被申請人

伊藤勇

右両名訴訟代理人

岡野冨士松

増田修

石黒淳平

藤井栄二

主文

申請人の本件仮処分申請をすべて却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事   実<省略>

理由

第一被申請会社に対する仮処分申請について

一(一) 申請会社が昭和六年四月に設立され当初株式会社山岡発動機工作所と称したが、その後昭和二七年二月その商号を現在どおりヤンマーディーゼル株式会社(YANMAR DIESEL ENGINECO., LTD)と変更したこと、申請会社が大阪市に本店を有し、農業用、船舶用、その他一般産業用各種ディーゼルエンジンおよびその部分品、付属品の製造、修理、ならびに販売等をその事業目的とするものであつてその主張の各商標登録を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  しかして、<証拠>によれば、申請会社の創業の源は遠く明治四五年三月にさかのぼり、当初申請会社の初代社長であつた山岡孫吉の個人経営にかかる山岡発動機工作所として発足したが、その後前記昭和六年四月に組織を変更し、前記のとおり株式会社山岡発動機工作所と称したこと、一方右山岡孫吉は昭和一一年一月姉妹会社である山岡内燃機株式会社を設立したこと、昭和一六年七月右両会社が合併し、その後前記のとおり商号をヤンマーディーゼル株式会社と変更したこと、申請会社は昭和八年ごろからもつぱらディーゼルエンジンの生産販売に従事しているが、その業績は着実な伸びをみせ、その販路は国内だけでなく広く東南アジア、中南米等にもおよび、右ディーゼルエンジン部門ではわが国屈指の地位を占めるメーカーであつて、現に昭和四〇年度だけでも年間総売上高は約二五〇億円余、年間生産量は一〇〇万馬力を越えたこと、申請会社は現在東京都中央区ほか六ケ所に支店、仙台市ほか三ケ所に営業所ないし出張所、長浜市ほか七ケ所に月産合計一五万馬力の生産能力のある工場をそれぞれ有し、約五、〇〇〇人の従業員とヤンマー農機株式会社を初め一〇以上の系列会社をかかえ、右系列会社において農業機械類等の生産販売をしていること、以上の事実を一応認めることができ、右認定に反する疎明資料はない。

二そこで申請会社の有する前記各商標ないし商号が周知性を有するものであるかどうかについて考察する。

<証拠>を総合すると前記山岡孫吉は、大正一〇年わが国最初の農業用石油発動機を製造、販売するにあたり、当初豊作の象徴といわれるトンボ印の表示を採用することとし、その旨新聞にも広告したところ、右トンボ印についてはすでに第三者が登録商標を得ていることが判明したためこれをあきらめ、さらに研究した結果、トンボ類の王様ともいうべき「やんまとんぼ」に目をつけ、かつ、それが自己の姓にも通じているところから、これをもじつて「ヤンマー」(縦書)とし、右表示について前記のとおり商標登録を受けたほか、別紙目録(1)ないし(3)の各表示についても次々と商標登録を受けたのであつて、右各商標はその創作にかかる特異なものであること、しかして、右山岡孫吉は大正一〇年三月に農業用横型石油発動機を完成し、これをヤンマー変量式石油発動機と命名して製作、販売したほか、動力籾摺機、動力精米機、スロットル式石油発動機、およびオフセット式発動機等を相次いで製作もしくは完成し、右各機械にいずれも「ヤンマー」の商標を付して販売、宣伝し、さらに前記株式会社山岡発動機工作所に組織変更後の昭和八年一二月二三日世界最初の小型横型ディーゼルエンジン(五ないし六馬力)を完成して生産を開始し、爾来その製造にかかる右ディーゼルエンジンないし前記系列会社の製品である農業機械類に「ヤンマー」等の名を冠して販売し、あるいは新聞、テレビその他を通じてこれを宣伝、広告し、前記のとおり右ディーゼルエンジン等の専門メーカーとしてわが国屈指の地位を占めるに至り今日に及んでいること、申請会社は右「ヤンマー」(縦書)のほか別紙目録(1)ないし(3)の各表示につき前記のとおり各商標登録を有しているところ(なお、申請会社がこれらの表示につき有している商標登録件数は国内、国外をあわせ約二〇〇件の多数に達している)、申請会社は現在社章として同目録(3)の英字「YANMAR」と図形の結合型の表示を常時使用しているが、その商品である前記ディーゼルエンジンにはこれのほか前記のとおり「ヤンマー」の表示を冠して使用し、さらに、宣伝品、作業服、作業帽、接待用の煎餠等のサービス品、バッジ等に至るまで右各表示を用い、右各表示は申請会社の商品ないし営業表示として取引業者ないし一般需要者の間に周知されていること、のみならず、右「ヤンマー」、「YANMAR」の用語は、他面申請会社の略称として、そのフルネームである「ヤンマーディーゼル」ないしは「YANMAR DIELSEL」とともに著名であり、現に申請会社が外国商社と契約を結び、あるいは、電報を受信、発信するときなどには右「ヤンマー」等の略称を用いているが、さらに申請会社の許可を受けて右略称を商号(例えば○○ヤンマー販売株式会社あるいは○○ヤンマー商会)として使用している特約店、販売店等は、北は青森から南は鹿児島まで個人経営もいれて全国一六二社に及んでいるのであつて、申請会社の商号も右略称を含め右同様一般に周知されていること、以上の事実を一応認めることができる。右認定を左右し得る疎明資料はない。

右認定事実によると、申請会社の前記各商標ないし商号(前記略称を含む)は不正競争防止法施行地域である本邦内で広く認識された周知表示といわなければならない。

三次に、被申請会社が申請会社の有する前記各表示と同一もしくは類似性のある表示を使用しているかどうかについて判断する。

(一)  被申請会社が肩書地に本店を有し、製麺加工殊にインスタントラーメンの製造販売を業とするものであること、および被申請会社が昭和三六年ごろからその製造にかかる右インスタントラーメンに「ヤンマーラーメン」等という商品名を付して販売し、かつその包装紙、容器、パッキングケース、宣伝用印刷物について別紙目録(4)、(5)の各表示を使用し、さらに右商品に関連して新聞、テレビ、ラジオ等を通じ右各表示を宣伝、広告し、また、看板、ポスター、封筒等にもこれを明記するなど右各表示を使用して今日に至つていることはいずれも当事者間に争いがないところ、<証拠>によると、被申請会社は右各表示のほか同目録(6)の英字「YANMAR」と図形の結合型の表示についても右同様これを使用してきたものであることを一応認めることができる。

(二)  ところで、被申請会社の右使用にかかる同目録(4)ないし(6)の各表示を前記のとおり申請会社の有する同目録(1)ないし(3)の各表示と比較対照すると、まず目録(4)の表示は同目録(1)の表示とその文字の配列順序、すなわち外観、称呼において全く同一である。次に同目録(5)の表示は、その主要部分である英字「YAN-MAR」が同目録(2)の表示とその文字の配列順序、称呼の上からみて全く同一であつて、右英字とその上下左右に接する付飾的な直線図形との結合を考慮にいれてもその類似性を否定することは到底できない。さらに、同目録(6)の表示は、右英字の配列順序、称呼、図形の格好、および右英字と右図形の結合形態等の点からみて右の表示と類似することがおのずから明らかである。

(三)  以上の事実によると、被申請会社は、その主観的意図如何にかかわらず、前記商品であるインスタントラーメンあるいはその包装紙等に周知表示である申請会社の前記商標ないし商号と同一もしくは類似性のある別紙目録(4)ないし(6)の表示を各使用し、かつ、これを使用した右商品を販売しているものといわなければならない。

四そこで、被申請会社の右表示使用行為ならびに、右販売行為等により申請会社との間に商品主体または営業主体の混同を生ぜしめているかどうかについて判断する。

(一)  まず、不正競争防止法一条一号および二号にいわゆる「混同」とは、他人の有する周知表示と同一もしくは類似性のある表示の使用行為により、他人の商品もしくは営業活動等と現実に混同を生じている場合だけでなく、混同のおそれのある場合すなわちその危険性が具体化しているような場合をも含むものというべく、しかも右混同を生ずるについては必ずしも双方の商品または営業が同種であるなどいわゆる競争関係にあることを要せず、これが同種でなくても、一般需要者をして、その間に資本的な結びつきが存在し、あるいは技術提携が行なわれているなど取引上なんらかの特殊関係があるものと誤認させる状況にあればたりるものと解するのが相当である。殊に、著名商標、著名商号などにつき当裁判所に顕著なように、近来経営の多角化、マスコミュニケーションの発達などに伴う商品取引事情の変化等によつて、その広告的価値がますます強大かつ広範囲に及ぶ傾向にあることにかんがみると、右のように解することが公正な競業秩序の建設、維持をその目的とする同法の理念にも合致するものといえよう(被申請人らは、被申請人らには不正競争の意思がなく、しかも被申請会社の商品と申請会社の商品とはその品種、用途等を全く異にしなんら競争関係にないのであるから、本件の場合すでにこの点において右混同を生ずる余地がない旨主張するが、およそかかる不正競争の意思の存在は現行法上不正競業が成立するについての要件では別段なく、また、右混同を生ずるにつき双方の商品、営業が同種であることを要しないことは右説示のとおりであるから、右主張は採用しない)。

もつとも、現実の問題として右混同ないし混同のおそれの存否を判断するについては、もとより他の自由な営業活動を不当に制限することがないように、右誤認を生ずべき状況にあるかどうかを、当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、かつ、取引の実情ならびに一般需要者の判断を基準として具体的に決すべきであつて、このことは詳論するまでもない。したがつてまた、単に著名商標ないし著名商号と同一もしくは類似の表示を使用しているという一事だけで右混同の存在を肯定すべきものでないことはもちろんである(もとよりかかる使用行為が他の法的規制の対象となるかどうかは別個の問題といえよう)。

(二)  そこで、右観点に立つて本件につき右混同の有無を判断する。

(1) まず、申請会社側の前記事情について検討する。前記認定事実に照して明らかなように、申請会社は過去半世紀を越える期間にわたり一貫してディーゼルエンジンの専門メーカーとしての地位を占めてきたものであり、近時農業機械部門にも進出し、その系列会社において、これが生産、販売をなしているとはいえ、右ディーゼルエンジンまたは農業機械のいわば専門的単一企業を経営するものというべきであつて、現に申請会社の有する前記「ヤンマー」のほか別紙目録(1)ないし(3)の各表示はいずれも主力商品であるディゼルエンジン等と密接に結びついて使用されており、右使用を通じ申請会社がディゼルエンジンの専門メーカーとしての印象を一般需要者に与えていることは否めないところである。もつとも<証拠>によると、申請会社において昭和三七年七月一二日第三二類の食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品(他の類に属するものを除く)等を指定商品として別紙目録(1)ないし(3)の各表示につき連合商標登録の出願をしたこと、そのほか昭和三八年五月一六日菓子、パンにつき、同年六月二四日調味料、香辛料、食用油脂、乳製につき、昭和四〇年一月二八日茶、コーヒー、ココア、清凉飲料、果実飲料水につき、申請会社からそれぞれ右各表示の商標出願公告がなされすでに登録済みであることを一応認め得るが、申請会社もしくはその系列会社が現在かかる食品営業に従事していることについてはもちろん、一般にディーゼルエンジンメーカーが多角経営により食品部門に進出し、もしくは進出する傾向にあることについても、これを認め得る疎明資料がない。

(2) 一方、被申請会社側の取引状況等について考えてみるに、被申請会社がその製造、販売にかかる前記インスタントラーメンならびにその包装紙等に申請会社の前記周知表示と同一もしくは類似性のある「ヤンマー」等の表示を使用し、かつ、これを宣伝、広告していることは前記説示のとおりである。しかるところ、右事実に、<証拠>を総合すると、被申請会社は、当初製粉、製麺業を営む被申請人伊藤の個人企業として発足し、昭和二五年四月株式会社に組織変更したものであること、被申請会社はその商品である右インスタントラーメンに初め申請会社の場合と同様トンボ印の表示を付して販売していたが、右表示については、すでに他に登録商標を得ている者のあることが判明したので、その代表取締役である被申請人伊藤において東耕竜男弁理士と相談のうえ昭和三六年六月二一日商標法上の指定商品第三二類のうち「うどんめん」、「そばめん」、「中華そばめん」等について別紙目録(5)の表示の商標登録出願をなし、昭和三七年六月七日その公告がなされ(なお同類の「かつお節」、「とろろこんぶ」等については昭和三八年二月二二日付で放棄)、右商標は昭和三九年三月一三日付をもつて登録せられたこと(右出願、公告および商標登録の事実は当事者間に争いがない)、しかして、被申請会社はその後右商標につき専用使用権の設定を受けたのであるが、前記のとおり右商標のほか「ヤンマー」等の表示を右商品に使用し、かつその製造、販売に専念して今日に至つていること、被申請会社の右商品の販路は兵庫県西部、中国地方を中心に中部、北陸、四国および九州地方等にまたがり、また、その年間売上高は、昭和三四年当時においては金七、七〇〇万円程度であつたが、昭和四〇年ごろに至り金一一億円を超え、さらに、その年間生産高は昭和四一年度において七、〇〇〇万食に達するなど着実な伸びをみせ、右商品は食品取扱業者および一般需要者間にひろく知られていること、および、被申請会社の右商品のうち前記「ヤンマーラーメン」等がほとんどその九割を占め、その余は「やんまラーメン」、「ヤンマーのざるそば」あるいは「ヤンマーの焼そば」等の商品名で販売されているところ、被申請会社はこれらの商品の包装紙に被申請会社の住所および商号を明記し、かつ、右商品名に「伊藤の」あるいは「イトーの」と付記し、右商品が被申請会社の製造にかかるものであることを明らかにするとともに、右商品を前記のとおり新聞で広告し、あるいはテレビ等で放送する場合においても右同様右商号、住所を明記し、あるいは「イトーの」と名付けるなど、他と混同を生ずることがないように配慮していること、現に右インスタントラーメン取扱店、販売店等が一般需要者からこれが申請会社の製造、販売にかかるものではないかとの問合わせを受けたことは一度もないこと、以上の事実を一応認めることができる。

(3) 以上認定の申請会社、被申請会社双方の企業形態、取引状況あるいは、表示使用方法等に照らすと、被申請会社が申請会社の前記各周知表示と同一もしくは類似性のある別紙目録(4)ないし(6)の各表示を被申請会社の前記商品であるインスタントラーメンに使用しているからといつてこれにより申請会社もしくはその系列会社等の商品ないし営業との間に取引上前記のような特殊な関係があるとの印象を一般需要者に与え、ひいて商品主体または営業主体の混同を生ぜしめ、もしくは混同を生ぜしめるおそれがあるとはたやすく認め難いのである。

もつとも、申請会社は本件の場合右混同を生じ、もしくは生ずるおそれのある所以をるる主張し、<証拠>のように右主張にそう疎明資料がないわけではないけれども、その内容を仔細に検討すると、左記のとおり、これをもつて右認定をくつがえし、右主張を認めるに由ないものというべきであるから、右主張は採るを得ない。すなわち、同第二一号証、同第三八号証の各二は、一般需要者が「ヤンマーディーゼル」と「ヤンマーラーメン」のブランドイメージを混同誤認するおそれがあるかどうかを調査の対象とするものであるが、右調査に当り被申請会社の商号を勝手に「ヤンマーラーメン社」とおきかえあるいは前記認定のような取引の実情等を度外視して被調査者に対し、抽象的に、かつ、漠然と「ヤンマー」と「ヤンマーラーメン」との関係を質問し、その回答を資料にするなど、その調査の方法等においていろいろ疑問があり、また、同第四号証の一ないし三は、何人が混同誤認を生じたものであるのか明確を欠き、いずれも前記認定事実に照らし、かつ、<証拠>に対比すると、にわかに採用し難いのである。なお、申請人は、被申請会社が前記商品の包装紙等に被申請会社の商号を記載しているのは、もつぱら食品衛生法上の取締基準に適応するためであつて、混同の防止を目的とするものではない旨主張し、なるほど同法一一条等の規定に照らし、右商号等の記載が公衆衛生上必要な取締基準を遵守するためになされているものであることはいうまでもないけれども、他方これにより商品の出所を明らかにし混同の防止に役立つていることは前記認定事実に徴して疑いをいれる余地がないから、右主張も理由がない。

五以上の次第であつて、被申請会社が別紙目録(4)ないし(6)の各表示を使用し、あるいはこれを使用した前記インスタントラーメンを販売していることなどによつて、申請会社との間に不正競争防止法一条一号ないし二号にいわゆる商品もしくは営業活動等の混同を生ぜしめているということは到底できないから、申請人の被申請会社に対する前記仮処分申請は結局被保全権利を欠くものというべきである。そうすると、右申請は、その余の点につき逐一判断するまでもなくこれを却下すべきである。

第二被申請人伊藤に対する仮処分申請について

一同被申請人が別紙目録(5)の表示につき登録商標を得ていることは前記説示のとおりであるけれども、前記認定事実から明らなように、同被申請人は被申請会社の代表取締役にすぎず、なんら右表示等を使用して自ら商品を販売し、あるいは独立の営業をいとなんでいるわけではないから、もとより同被申請人と申請会社との間に前記混同を生ずべき余地はない。

二したがつて、申請人の同被申請人に対する右仮処分申請も前記説示に照らし却下を免れない。(日高敏夫 鈴木清子 亀岡幹雄)

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